個人的には、エンジニアにとっても教養は重要と考えています。
様々な良書を読み思索を重ねることで、物事を多角的に俯瞰することが可能になり、深くて持続性の高いモチベーションがもたらされます。
また、技術のみでは解決できない多くの領域に渡る複雑でシンプルな解がない問題に対処するためには、幅広くて本質的な知識が必要になることも多いかと思います。
様々な教養の中でも、個人的にお勧めなのは歴史です。
歴史とは様々なパターンの繰り返しであり、歴史を学ぶことは、すなわちパターンを学ぶことです。そしてパターンの認識は知性の本質の一つです。
即ち、歴史を学ぶことは、様々なパターンを身につけることで学び手の知性を向上させることなのです。年号や出来事の名前を暗記することは、決して歴史を学ぶことの本質的な価値ではありません。
エンジニアにとって、様々なパターンを身につけていることは問題解決能力に直結します。専門領域を飛び出し幅広くパターンを学習するという意味で、歴史の学習は生涯において知的能力の底上げをもたらすでしょう。
そう言う意味で、今回は、特にエンジニアにお勧めの歴史本を5冊紹介していきたいと思います。
世界システム論講義
多くの本の内容は、その著者が属する文化やコンテキストに縛られていますが、この本はそのような建前を抜きにして本質をえぐる名著です。
17世紀までは中国やインドなどアジアの帝国が巨大な経済圏を築き、西欧諸国は後塵を拝していましたが、18世紀以降国力の逆転が起きました。
現在、アジア諸国の勃興は著しいですが、それでもなお共通語として英語が用いられており、特にソフトウェアの分野では欧米発祥のものが市場を牛耳っています。
このような逆転現象を生んだ背景には、地域を統一した帝国の存在が大きいとされています。17-18世紀、中国には清帝国が、インドにはムガル帝国が、中東にはオスマン帝国が君臨していました。これらの帝国は、地域における競合がなく、帝国の外部に対する好奇心と多様性に欠けていました。
それに対して、西欧では競合する複数の国が競うようにして海外を探索し、植民を行いました。西欧諸国が構築した交易ネットワークは、やがて継続的に利益を生み出すシステムとなり、様々な面で人を支配するようになっていきます。
巨大な帝国は動員力や安定性に優れますが、長いスパンで見ると競合の存在と外部への好奇心の方が本質的な発展をもたらすように思えます。
コミュニケーションのデザイン史
地図や図書館、美術館、博物館や学校などが、どのようにユーザーインターフェイスを発展させてきたか、その歴史が述べられている本です。
現在のような洗練されたユーザーインターフェイスはいきなり誕生したのではなく、その背景には1万年に及ぶ試行錯誤の歴史があります。
情報はそのままでは人にとって価値がなく、人とのインターフェイスを持ち、コミュニケーションが可能になることで価値を発揮します。エンジニアリングも、人との相互作用なしには価値を発揮できません。
この本を読むことで、人と情報とのインターフェイス、という視点から技術の価値を再評価できるのではないでしょうか。
病の「皇帝」がんに挑む 人類4000年の苦闘
病の皇帝「がん」と人類の壮絶な戦いの歴史です。
がんの原因はウィルスや細菌ではな細胞です。そして、がん細胞は健康の細胞とほとんど差異がありません。それ故にがん細胞に選択的に選択的に作用する薬剤の開発は困難を極め、21世紀の今でも先進国の死因の多くを占めています。
医師を人体を扱うエンジニアと捉えれば、この本はがんという人体の不具合をありとあらゆる手段をもちいて取り除こうとする、エンジニアリングの歴史と捉えることもできるかと思います。
サピエンス全史
この本は以前に紹介しました。
人類の誕生から、ほんのちょっと先の未来まで、人類史を網羅的なおかつ独自の視点で描いた名著です。
歴史を紐解くことで、我々が普段当然と思っている概念のルーツが見えてきます。
この本によれば、我々が普段から共有している人権や自由の概念さえも、実は人の想像力に基づく神話に過ぎません。宗教やイデオロギー、道徳さえも何ら事実に基づかない、創作なのです。
科学やエンジニアリングは、自然の摂理を解き明かしたりそれを応用を応用て役に立つをものを作ることができるのですが、それを用いて目指すべき方向性は、今のところ、個人の感情、もしくはこれらの神話に基づき決めるしかないのではないでしょうか。
シンギュラリティは近い
現在GoogleでAI開発の総指揮をとっている、レイ=カーツワイル氏による著作です。
シンギュラリティ(技術的特異点)として知られる、人工知能が人間の知性を超える到達点について、この本では宇宙の誕生から現在までの具体的なデータとともにその到来を予見しています。
驚異的な速度で向上する人類のコンピューティング能力を背景に、従来の生命とは異なった形で、新たな知性が生まれようとしてます。
そのような知性が、著者の予言する2045年までに本当に我々を超えるかどうかは今の段階では断言できないかと思いますが、テクロジーの進歩が加速度的に我々の生活を変えていることは確かです。
個々の我々ができることは、テクノロジーに関心を持ち、その未来が少しでも望ましい形になるように、何らかの形で周りの世界に影響を与え続けることではないでしょうか。
最後に
ここまで、様々な視点に基づく歴史本を紹介してきました。
即アウトプットにつながる本ではありませんが、いずれも読者の知性のリソースとなる良本かと思います。
良本を読むことで、それまでの人生で経験してきた点と点がつながる感覚を実感できます。本から新たなパターンを吸収することで、脳内のパターンが結合、再構築され、次第に思考が洗練されていきます。
たとえどんなに忙しくても、このような本を読める心の余裕はずっと持ち続けたいと思います。