グリア細胞は神経膠(しんけいこう)細胞とも呼ばれており、神経系における神経細胞以外の細胞のことです。神経細胞の10倍以上の個数が存在し、神経系の体積の半分を占めると言われています。
膠とはにかわのことで、グリア細胞は従来神経細胞の位置を固定したり、神経細胞に栄養を補給する役割を担っているものと考えられてきました。縁の下の力持ちではあるものの、演算処理には何ら寄与しないものと考えられてきました。
しかしながら、近年の研究でグリア細胞は神経系における情報伝達において無視できない役割を担っていることが分かってきました。
今回は、このグリア細胞の役割を人工知能と絡めて考察していきたいと思います。
Bruno Pascal CC by-sa 3.0 Astrocyte - Wikipedia
23週胎児の脳におけるグリア細胞の一種、アストロサイト
グリア細胞の種類
グリア細胞には、以下のような種類があります。
ミクログリア
免疫、そして異常代謝物の回収を担う細胞です。
オリゴンデンドロサイト
中枢神経系に存在するグリア細胞で、軸索に巻きつきミエリン鞘を形成します。一つのオリゴンデンドロサイトは複数の突起を伸ばし、それぞれ異なる神経細胞のミリエン鞘を形成します。
上衣細胞
上衣細胞は、脳室系の壁を構成する上皮細胞の一種です。脳室とは、脊椎動物の中枢神経系の内部に存在する脳脊髄液で満たされた空間のことです。
シュワン細胞
末梢神経系に存在するグリア細胞で、軸索に巻きついてミエリン鞘を形成します。
衛星細胞
感覚神経節、交感神経節、副交感神経節にあって、細胞体を取り巻いています。
アストロサイト(星状膠細胞)
中枢神経系に存在するグリア細胞で、星型の形状をしています。アストロサイトは、神経細胞のネットーワクを形状的に支えるだけではなく、神経細胞と神経伝達物質を介してコミュニケーションを行います。このような情報伝達に無視できない役割が、近年の研究で解明されてきたため、脳科学の分野で注目を集めています。また、血液脳関門の閉鎖機能の維持にも関与しています。
本記事では、このアストロサイトを主に扱います。
Archontia Kaminari CC by-sa 4.0 Astrocyte - Wikipedia
マウスの新生児から得られたアストロサイト。赤がアストロサイト、青は細胞核。
アストロサイトの働き
以下の写真で、神経細胞間にアストロサイトが存在することを確認することができます。アストロサイトには、従来神経細胞の形状を支えたり、栄養を補給する役割があることが知られていました。
Mhisted CC by-sa 4.0 Astrocyte - Wikipedia
大脳新皮質における、神経細胞(緑)中のアストロサイト(赤-黄)
しかしながら、近年の研究によりアストロサイトにはシナプスと密接な関連があることが分かってきました。
トライパータイトシナプス(tripartite synapse)という考え方があります。
これはシナプスとアストロサイトには密接な関係があり、シナプス前後の細胞、及びアストロサイト三つの細胞で一つのシナプス機能を担うという考え方です。
グリオントランスミッターとトライパータイトシナプスの概念図
出典: グリア細胞 - 脳科学辞典
例えば、シナプス前細胞から放出された余剰のグルタミン酸をアストロサイトが回収し、シナプスの伝達効率を向上させます。回収だけではなくアストロサイトは、グルタミン酸の放出も行うようです。
また、Caイオン濃度の増減、カルシウムシグナルにより、アストロサイトはシナプス間の情報伝達と脳血流の制御を行っているようです。実際に、アストロサイト内のCaイオン濃度は様々な神経伝達物質の濃度に応じて増減します。
アストロサイト上にはグルタミン酸受容体、GABA受容体、セロトニン受容体、ノルアドレナリン受容体など多様な神経伝達物質の受容体が存在し、神経回路の活動に伴いダイナミックな応答をするようです。
また、アストロサイトからはグルタミン酸、APT、D-セリンなどの分子が分泌され、ニューロンの活性に影響を与えることが知られています。このような分子は、グリオトランスミッターと呼ばれています。
このように、神経細胞とアストロサイトは神経伝達物質を介して双方向に密接なコミュニケーションをとっているものと考えられています。
下の図は、神経細胞とアストロサイト間の物質のやり取りの模式図です。有名な神経伝達物質、グルタミン酸やドーパミンを含む様々な物質のやり取りが、シナプス間隙を通して行われていることが分かります。
OldakQuill CC by-sa 2.0 Astrocyte - Wikipedia
アストロサイトと神経細胞間の物質のやり取り
このようなメカニズムの存在は、アストロサイトがシナプスの可塑性に少なくない影響を与えていることを示唆しています。
従って、トライパータイトシナプスや、グリオントランスミッターなどを考慮して脳における情報処理を考えると、脳のメカニズムは従来考えられてきた神経細胞のみによる回路よりもずっと複雑で奥深いものになるのではないかと思います。
グリア細胞と意識
心の最も重要な機能の1つに”意識”がありますが、この意識は、全身麻酔薬によって一時的に失われます。しかしながら、実はそのメカニズムは未だによく分かっていません。
近年の研究では、麻酔薬の投与により、アストロサイトの活動が抑制される一方、神経細胞の活動は抑制されないことが示されています。
即ち、アストロサイトの活動が意識のを形成するのに欠かせないものである可能性が示唆されます。
神経伝達物質に対するカルシウムチャンネルの反応は、他のアストロサイトにも伝播するそうです。これはカルシウムウェーブと呼ばれていますが、伝達速度は神経活動よりも数オーダー遅いようです。
いずれにせよ、アストロサイトは他のアストロサイトとカルシウム濃度を用いて情報伝達行っており脳には神経細胞ネットワーク以外のネットワークが存在するようです。
このネットワークと意識の関連性はまだ分かりませんが、アストロサイトを通して意識の根源を探ることが、近いうちに可能になるかもしれません。
グリア細胞と人工知能
グリア細胞を考慮しないシナプスのメカニズムに関しては、こちらの記事で述べました。
また、神経細胞のネットワークのみを模倣した人工ニューラルネットワークの構築方法については、こちらの講座で解説しています。
人工ニューラルネットワークが提唱されたのは20世紀半ばですが、その当時は脳の情報処理におけるグリア細胞の重要性が知られていませんでした。
その後人工ニューラルネットワークはバッグプロパゲーションの発明やディープラーニングの登場を経て大きく発展し、画像認識や翻訳、音声認識の分野などで大きな成果を上げています。
しかしながら、ベースとなるニューラルネットワークは神経細胞のネットワークのみを模倣したものであり、グリア細胞のモデルは導入されていません。
これまで述べてきたように、グリア細胞、特にアストロサイトは知性や意識の形成において決して無視できない大きな役割を果たしています。
そもそも、グリア細胞の情報処理における役割が現段階で十分解明されているとは言えないのですが、グリア細胞の役割をうまくモデル化できれば、より生物や人の知性に近い汎用的な人工知能に繋がる可能性があるのではなかと、個人的に考えています。
アストロサイトは互いに連携し、また脳内の血管とも接続されています。これは神経細胞を介さないでシナプス同士が連携可能な回路が存在する可能性を示唆しているのかもしれません。
最後に
グリア細胞、特にアストロサイトの機能が少しずつ解明されていくのにつれて、脳の情報処理は単に神経細胞のネットワークのみによるものではないことが分かってきました。
アストロサイトが記憶、意識、思考などに重要な役割を果たしていそうなのですが、それをどのようにモデル化すれば人工知能に応用できるのでしょうか。
機能が十分に解明されていない今の段階では、作って確かめるのがベストかと思います。様々な仮説をモデル化し、コードを書いて機能を地道に検証していくスタイルです。
このブログ上でも、そのような検証を行っていきたいと考えています。
参考:
Tripartite synapse - Wikipedia