線虫は線形動物門に属する動物の総称です。一般に細長い形状をしており、農作物や人の健康に影響を及ぼす寄生性のものが知られていますが、大半の種は土壌や海洋中で非寄生性の生活を営んでいます。
線虫の仲間、カエノラブディティス・エレガンス(以下、C. エレガンス)は実験材料として非常に優れた性質を持ち、モデル生物として広く利用されています。C. エレガンスはいくつものノーベル生理学・医学賞に寄与していますが、人口知能の分野でも注目を集めている生物です。
Kbradnam CC by-sa 2.5 カエノラブディティス・エレガンス - Wikipedia
C. エレガンスの微分干渉顕微鏡像
C. エレガンスは1000個程度の体細胞しか持ちません。また、そのうちの302個を神経細胞が占めます。頭部の神経環と呼ばれる場所に神経細胞が集中しており、中枢的な役割を果たしています。
人の神経細胞、千数百億個と比較してごく僅かな数しか神経細胞を持ちません。しかしながら、物理刺激に対する回避運動や、化学物質や温度と餌を関連づけた学習を示します。いわば、自然界における知性のミニマルな実装なのです。
今回は、このC. エレガンスと人工知能の関連性について考察をしていきます。
C. エレガンスの神経細胞
C. エレンガンスは少ない神経細胞しか持たないため、その全ての神経細胞の接続が解明されています。
Mentatseb CC by-sa 3.0 コネクトーム - Wikipedia
C. エレガンスの全ての神経細胞の接続状態
上の図のように、神経細胞の接続状態を表した地図(コネクトーム)が完成しています。
C. エレガンスの神経細胞の全ての形態、位置、接続関係、細胞系譜などはデータベースに保存されており、インターネットを通じて自由に閲覧することができます。
Wormatlas Homepage(英語のサイト)
Online Tool: Database of Synaptic Connectivity of C. elegans(日本語のサイト)
C. エレンガンスが持つ感覚器のからの入力をどのように情報処理して筋肉への出力とするのか、盛んに研究が行われているようです。例えば、C. エレガンスはセロトニンなどの人の脳内の神経伝達物質に反応し、学習のパターンを変更するようです。
このようなシンプルな生物であっても、人と共通の神経細胞のネットワーク、神経伝達物質に対する反応性を持っており、動物が共通して持っている情報処理のシステムの存在が示唆されることになります。
C. エレンガンスと人工知能
以下は、C. エレガンスの神経細胞をシミュレートしたプログラムにより動作するロボットの動画です。
C. エレガンスのコネクトームに基づき、ロボットが制御されます。
動画ではロボットが壁の物理刺激を受けると進行方向を反転している様子が見えます。
これは、オープンワームプロジェクトに参加する科学者らによって制作されたものです。
オープンワームプロジェクトはコンピュータ上にバーチャルな線虫を再現することを目的としたプロジェクトです。
このように、C. エレガンスを参考に人工知能のアルゴリズムを構築するという試みは興味深いかと思います。最小限の実装であっても神経細胞の機能を再現できれば、スケールを拡大し汎用人工知能の実現につながる可能性もあるかと思います。
個人的には、C. エレガンスの研究によりシナプスと記憶の関連がさらに解明されてほしいと願っています。
最後に
C. エレガンスは約300個の神経細胞を持ち、約7000の神経細胞同士の接続を持っています。それに対して、人は千数百億個の神経細胞を持ち、100-1000兆の接続があります。
線虫はとてもシンプルな生き物ですが、人と共通の神経のメカニズムを多く持っています。
もし我々の記憶、意識、感情などがコネクトームによって形成されているのであれば、線虫もミニマルなスケールでこれらを有しているのかもしれません。それを模倣することは、可能なのでしょうか?
最後に、以下のTEDの動画を共有します。
参考:
We’ve Put a Worm’s Mind in a Lego Robot's Body | Smart News | Smithsonian