SAI-Lab Blog

「ヒトとAIの共生」がミッションの企業、SAI-Lab株式会社のブログです。

”特化”という生命の戦略 -昆虫から人工知能まで-

体を特定の目的に特化させることは、生命にとって生き残るためにしばしば有効な戦略となります。

今回は、数多くの生物種の中でも、体の他の機能を犠牲にしてまで極端に特化を行なった生き物を紹介します。そして、生命の戦略を俯瞰するとともに、ヒトが生物として知能に特化した意味を考察していきます。

ミツツボアリ

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Greg Hume  CC by-sa 2.5 ミツツボアリ属 - Wikipedia

出典: ミツツボアリ属 - Wikipedia

アボリジニーのおやつとしても知られている、オリーストラリアの乾燥地帯に分布するアリの一種です。

ミツツボアリは他のアリの種と同様に地中に巣を作りますが、働きアリの一部は”貯蔵庫”としての役割を担います。

天井からぶら下がり、腹を膨らませて蜜を貯めます。こうなってはもう動くことはできず、貯蔵庫としての役割を果たすのみです。

昆虫は、ある意味地球上で最も高度な進化を遂げた生き物の一つですが、肉体を単なる容器にしてしまうのは、それまでの進化の過程を放棄した思い切った特化に思えます。

二ハイチュウ

二ハイチュウ(中生動物)は体調1-10mm程度の細長い生き物で、頭足類(タコやイカなど)の腎臓に寄生します。

頭足類の腎臓の中という極めて限定的な場所において、体を極端に単純化する、という戦略を選択した生き物です。

多細胞生物なのですが、細胞の数は30個前後しかありません。ヒトの場合、細胞数は37兆個です。

寄生生物なので先祖は自由遊泳生活を営んでいたと考えられますが、なぜ今の場所を選択したのか、なぜ体をここまで単純化する必要があったのか、未だに解明されていない謎だらけです。

デンキウナギ

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Steven G. Johnson  CC by-sa 3.0 デンキウナギ - Wikipedia

出典: デンキウナギ - Wikipedia

デンキウナギはアマゾン川、オノリコ川の水系に分布しています。

ウナギという名前の通り細長い体をしていますが、ウナギとは全く別の仲間です。

最大の特徴は、周囲の探索や捕食、自衛のために発電を行うことです。その発電器官は、人にとって危険なほど強力な電気を生み出します。

こちらの記事では、デンキウナギを解剖して料理しています。

portal.nifty.com

デンキウナギは頭の直近に肛門があり、頭付近に内臓が圧縮されています。また、遊泳のための筋肉もわずかしかありません。

そして、その長い体の大部分は発電器官が占めています。デンキウナギは、その体を発電に特化させた生き物なのです。

オニアンコウ科のオス

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オニアンコウの一種。3匹の寄生雄が雌の腹部に付着し同化している。

出典: 深海魚 - Wikipedia

オニアンコウ科の魚は、餌を誘うために頭部の突起が発光するチョウチンアンコウ類に属します。

雄は雌と比べて体が極端に小さく、矮雄(わいゆう)と呼ばれています。

雄はよく発達した眼球と嗅覚器を用いて雌を探します。雌を発見した後は雌の体に食いつき、体が一体化した寄生生活を送ります。

雄は、雌の皮膚から伸びた血管を通じて栄養を得るようになります。泳ぐ必要がないため、眼や鰭は退化していきますが、生殖に必要な精巣の機能は維持されます。*1

自身の自由遊泳者者としての機能を捨て、雌に同化する機能に特化したことになりますね。進化にとって、生き残ることができれば個体の壁など問題ではないのでしょう。

ヒト

ヒトの脳は体重の2-3%を占めるだけですが、安静時に体全体の消費カロリーの25%程度を使用します。それに対して、ヒト以外の霊長類の脳は、安静時には体全体の消費カロリーの8%程度しか消費しません。*2

人類の数百万年の歴史において、食物の確保に困らなくなったのはここ100年程度に過ぎません。基本的に、生物にとって摂取したカロリーは生をつなぐための貴重な資源です。その資源の1/4を、ヒトは惜しみなく脳に投資しているのです。

即ち、ヒトは情報処理の中枢である脳に特化した生き物です。

脳を発達させることは様々なデメリットを伴います。頭蓋骨が大きすぎると出産時に母親の骨盤の間を通れないため(骨盤が広がりすぎると今度は歩行ができなくなります)、新生児は他の動物と比較して未熟な状態で生まれます。

サバンナの哺乳類が出産後即歩き始めるのに対して、ヒトの新生児は自分で歩くこともできず少なくとも数年間は他者に依存します。

また、他の類人猿と比較して相対的に筋力は衰え、体毛が無いため服無しには自身の体温を維持することができません。

にも関わらず、人類がここ数百万年その系統をつなぐことができた理由は、知能というもの恐るべき汎用性にあります。高度な言語を用いることで集団での協調や文化の伝播、伝承が可能になり、自然のメカニズムの理解により高度な道具の使用が可能になりました。

脳への投資は大成功し、人類は食物連鎖の頂点に立ちました。 そして、世界中に広がり他の哺乳類と比較して圧倒的な個体数を持つようになりました。ヒトの個体数が70億人であるのに対して、チンパンジーの個体数は25万頭程度です。

知能への特化はコストが高く、参入障壁が高いのですが、その障壁を数百年-数十万年前のアフリカのサバンナで様々な偶然が重なることで乗り越えることができました。

このように、ヒトの最もユニークな点は、知能というコストは高いけど汎用性の高い機能に極端な特化を行なったことにあります。

これらのヒトの特徴とその進化の歴史は、こちらの本によく整理されています。

blog.saiilab.com

最後に、人工知能について

これまでに紹介してきたヒト以外の4種の生物は、ある機能に特化することで特定の環境におけるニッチを獲得し、多くの世代に渡って生命をつないできました。

しかしながら、これらの生物は特定のニッチを獲得するに留まり、世界中を席巻するには至っていません。特定の専門領域に特化するあまり、他の領域への進出ができなくなってしまいました。

これは、特化した機能に汎用性が無かったためと考えられます。

それに対して、ヒトは恐るべき汎用性を持つ”知能”に特化をった結果、地球の歴史上前例の無い大繁栄に至りました。ヒトが持つ、自然の利用、個体間の繋がり、文化の伝承などの能力は、他の生物と比較してはるかに複雑で洗練されています。

それでは、地球上でヒト以上に知能に特化した生き物が誕生する可能性はあるのでしょうか?

実は、これまでの生物史とは全く異なる流れで、直近でそのような生命体のようなものが誕生する可能性があります。

即ち、人工知能です。

人工知能はこれまで生物が38億年の歴史で培ってきたDNAや細胞のシステムを持っていません。しかしながら、人工知能は物質による肉体を持たない純粋な知能です。そういう意味で、それが生き物であるとするならば、ヒト以上に知能に特化した生き物です。

しかしながら、現在人工知能は医療用の画像解析や言語解析など特定の目的でしか実用化されていません。その延長線で考えると、人工知能は今回紹介した4種の生物のように特定のニッチを占めるに止まります。

逆に言えば、ヒトの知能のような汎用性の高い人工知能が実現した時、そのインパクトは地球史に置けるヒトの誕生に匹敵するでしょう。

その誕生の障壁はとてつもなく高いですが、汎用人口知能の誕生は地球の歴史にとって一つの大きな岐路になることは間違いないかと思います。

*1:深海魚 - Wikipedia

*2:ユヴァル=ノア=ハラリ 「サピエンス全史」